AI導入補助金と人材開発支援助成金は併用できるのか
中小企業がAIを導入するときは、生成AIサービスや業務システムの利用料だけでなく、従業員が使いこなすための研修費、受講中の人件費、運用ルールの整備費なども発生します。AI導入を成功させるには、「ツール」と「人材育成」の両方に予算を配分しなければなりません。
そこで検討したいのが、「デジタル化・AI導入補助金」と「人材開発支援助成金」の組み合わせです。
結論からいえば、同一のAI導入プロジェクトで両制度を活用することは可能です。ただし、同じ研修費や同じシステム費を両方の制度に申請することはできません。
重要なのは、プロジェクトを次のように分けて設計することです。
- AIソフトウェアやクラウドサービスの導入費
- 外部講師や研修会社に支払う研修費
- 研修を受講する従業員の賃金
- AI活用に必要な専門機器や設備
- 補助対象外となるコンサルティングや社内整備費
最初に経費を分け、見積書、契約書、請求書、支払証明も制度ごとに管理することが、併用設計の基本となります。
デジタル化・AI導入補助金でAIツールの導入費を抑える
デジタル化・AI導入補助金2026の通常枠は、中小企業や小規模事業者が、生産性向上につながるITツールを導入する際の経費を支援する制度です。
通常枠では、ソフトウェア購入費、クラウド利用料、導入設定、データ連携、セキュリティ、マニュアル作成、導入研修などが対象となります。クラウド利用料は最大2年分まで申請できます。
補助率は原則として2分の1以内です。一定の最低賃金要件を満たす事業者は、3分の2以内となる場合があります。
補助額は、導入する業務プロセス数によって異なります。
- 1プロセス以上:5万円以上150万円未満
- 4プロセス以上:150万円以上450万円以下
ただし、市販されているすべての生成AIサービスが対象になるわけではありません。補助対象となるのは、IT導入支援事業者が事務局に登録したITツールです。企業が単独で契約した一般的な生成AIアカウントが、そのまま補助対象になるとは限らない点に注意が必要です。
AI導入補助金に向いている費用
デジタル化・AI導入補助金に振り分けやすいのは、次のような費用です。
- 顧客対応や営業支援に利用するAIシステム
- AIを搭載した販売管理、在庫管理、会計システム
- 社内文書を検索するRAGシステム
- AI議事録、問い合わせ対応、データ分析ツール
- クラウドサービスの利用料
- システムの初期設定やデータ移行費
- 導入するITツールに付随する操作研修
一方、自社で独自開発する費用や、事務局に登録されていないサービスは対象にならない可能性があります。導入したい製品を先に決めるのではなく、補助対象ツールとして登録されているかを確認してから計画を立てることが重要です。
人材開発支援助成金でAI研修費と受講中の賃金を支援する
人材開発支援助成金は、企業が雇用保険の被保険者に職務関連の知識や技能を習得させる際に、研修費や研修中の賃金の一部を助成する制度です。
AI・DX研修では、「事業展開等リスキリング支援コース」や「人への投資促進コース」などが候補になります。どのコースに該当するかは、研修内容、対象者、研修後に担当する業務、企業の事業計画によって判断されます。
事業展開等リスキリング支援コースの場合、中小企業の経費助成率は75%、賃金助成額は対象労働者1人1時間当たり1,000円です。大企業は経費助成率60%、賃金助成額500円となります。
人材開発支援助成金に向いている費用
人材開発支援助成金に振り分けやすいのは、次のような費用です。
- 生成AIを利用した業務改善研修
- AIを活用したデータ分析研修
- プロンプト設計や業務自動化の実践研修
- AIシステムの開発・運用に関する専門研修
- 情報セキュリティやAIガバナンス研修
- 研修受講中に企業が支払う従業員の賃金
単に「ChatGPTの使い方を学ぶ」という内容だけでは、事業展開やDXとの関係が十分に説明できない可能性があります。
「営業提案書の作成時間を短縮する」「製造現場の検査データを分析する」「問い合わせ対応を自動化する」といった、研修後に担当する業務と企業の生産性向上を結び付けることが必要です。
補助金と助成金を併用するための経費分離
両制度を安全に併用するためには、同じ請求書を使い回さないことが大前提です。
例えば、AIシステムの導入費と研修費がセットになった見積書を受け取った場合は、ベンダーに依頼して、次のように明細を分けてもらいます。
デジタル化・AI導入補助金へ申請する経費
- AIシステム利用料
- クラウド利用料
- 初期設定費
- データ移行費
- システム連携費
- 操作マニュアル作成費
人材開発支援助成金へ申請する経費
- AI実務研修の受講料
- 外部講師料
- 教材費
- 研修会場費
- 対象従業員の研修時間分の賃金
ITツールに付随する簡単な操作説明をデジタル化・AI導入補助金に申請し、高度な業務改善研修を人材開発支援助成金に申請する場合も、カリキュラム、開催日時、講師、請求金額を明確に分離する必要があります。
人材開発支援助成金の公式資料でも、同一の訓練受講、経費、賃金などについて複数の助成制度を利用する場合、併給できない場合があるとされています。
AI導入費用を組み合わせた試算例
従業員10名の中小企業が、AIシステムを導入し、40時間のAI業務改善研修を実施するケースを考えます。
想定する費用
- AIシステム・クラウド利用料:280万円
- AI実務研修費:200万円
- 研修時間:1人40時間
- 受講者:10名
- 総投資額:480万円
デジタル化・AI導入補助金を補助率2分の1で試算すると、AIシステム費280万円に対して、補助額は140万円です。
人材開発支援助成金の経費助成を75%で試算すると、研修費200万円に対して、助成額は150万円です。
さらに、賃金助成は次のように計算できます。
1,000円×40時間×10名=40万円
制度上の単純試算では、支援額の合計は次のようになります。
- デジタル化・AI導入補助金:140万円
- 研修経費助成:150万円
- 賃金助成:40万円
- 支援額合計:330万円
- 企業の実質負担額:150万円
実際の支給額は、対象経費、研修時間、1人当たりの支給限度額、審査結果などによって変わります。申請前にIT導入支援事業者、社会保険労務士、管轄労働局へ確認する必要があります。
2026年度に新設された設備投資加算の注意点
2026年度の事業展開等リスキリング支援コースでは、一定の条件を満たす中小企業を対象に「設備投資加算」が設けられています。
対象となる場合、事業展開に利用する専門機器や設備の導入費用に対して、50%の助成を受けられる可能性があります。
限度額は、対象労働者1人につき15万円です。10人以上の場合は、対象人数にかかわらず1訓練・1事業所当たり150万円が上限となります。
ただし、一般的なパソコン、タブレット、スマートフォン、その周辺機器は対象外です。対象となる機器は、実技研修で使用した機器・設備と同種であり、事業展開やDXに活用するものに限られます。導入費用は消費税込みで10万円以上であることも要件です。
また、通常の設備補助金とは導入時期が異なります。設備投資加算では、原則として訓練終了後から加算の支給申請日までに、対象設備を新たに導入する必要があります。元ネタ資料にある「訓練前にGPUサーバーを購入する」という設計をそのまま実行すると、対象外になる可能性があります。
設備投資加算には賃上げが必要
設備投資加算を受けるためには、対象労働者全員について、次のいずれかを満たす必要があります。
- 訓練終了後1年以内に、毎月決まって支払う賃金を5%以上増加させる
- 資格等手当を就業規則などに定めて支給し、賃金を3%以上増加させる
一時金を支払うだけでは要件を満たしません。設備投資加算を利用する場合は、研修費や設備費だけでなく、将来の人件費増加まで含めた収支計画が必要です。
申請スケジュールを一本化する
補助金と助成金の併用で最も多い失敗は、申請前に契約や研修を始めてしまうことです。
1.AI導入の目的と対象業務を決める
最初に、AIを導入する業務、現在の作業時間、解決したい課題、研修後に従業員が担当する業務を整理します。
「AIを導入する」ではなく、「問い合わせ対応時間を短縮する」「見積書作成を標準化する」など、改善対象を具体化します。
2.ツール費と研修費の見積書を分ける
AIツールを提供する会社と研修会社が同じ場合でも、システム導入費と研修費を分けて見積もってもらいます。
契約書、請求書、振込記録についても、どの制度に申請する経費なのかを追跡できる状態にします。
3.研修開始前に訓練計画届を提出する
人材開発支援助成金の職業訓練実施計画届は、原則として訓練開始日の6か月前から1か月前までに提出します。
研修日程や対象者を変更する場合は、所定の期限までに変更届が必要です。計画届を提出しただけで、助成金の支給が保証されるわけではありません。
4.補助金の交付決定前に契約しない
デジタル化・AI導入補助金では、交付決定前に契約、発注、納品、支払いを行うと、補助金を受けられません。
ベンダーから「申請前にアカウントだけ発行する」「先に申込書を提出する」と提案された場合も注意が必要です。正式な交付決定を確認してから契約と発注を進めます。
5.研修実施記録と支払い証明を保管する
研修では、出席簿、カリキュラム、受講時間、講師情報、研修資料、受講者の賃金台帳などを保管します。
オンライン研修の場合は、接続記録や受講履歴など、実際に受講したことを確認できる資料も必要です。
6.研修終了後に支給申請する
人材開発支援助成金の通常分は、原則として訓練終了日の翌日から2か月以内に支給申請を行います。
eラーニングや通信制研修は、経費助成のみとなり、原則として賃金助成はありません。通学型研修やリアルタイムの双方向型研修と同じ扱いではないため、研修形式を決める段階で確認が必要です。
補助金と助成金を併用するときの失敗例
研修費を両方の制度に申請する
同じ研修の請求書をデジタル化・AI導入補助金と人材開発支援助成金の双方に提出することはできません。
研修内容を分ける場合も、時間、内容、金額が明確に区分されている必要があります。
採択や支給を前提に資金計画を組む
補助金や助成金は、原則として事業実施後に支給されます。
導入時には企業が費用を立て替えるため、総額480万円のプロジェクトであれば、いったん480万円を支払える資金が必要です。補助金を差し引いた金額だけを準備するのではなく、金融機関のつなぎ融資や支払時期の調整も検討します。
汎用パソコンを設備投資加算に申請する
設備投資加算では、一般的なパソコンやタブレットは対象外です。
対象になり得るのは、実技研修で使用した設備と同種のAI画像検査装置、専用センサー、製造設備など、事業展開との関連を説明できる機器です。
研修後の業務が決まっていない
「全社員にAIを学ばせたい」という理由だけでは、事業計画とのつながりが弱くなります。
誰が、どの業務で、何を改善し、どのような成果を目指すのかを、研修開始前に決めておく必要があります。
自治体や地域団体の補助制度も確認する
国の制度で対象にならない費用については、自治体や地域団体の支援制度を利用できる場合があります。
例えば岐阜県神戸町では、町内事業者の業務効率化、生産性向上、新分野展開などに必要な機械装置等について、対象経費の2分の1、最大30万円を補助しています。ただし、交付決定前に実施した事業や、他の補助金を受けた経費は対象外です。
西美濃地域では、大垣労務推進協会の経営力強化支援事業助成金があり、人材育成コースでは外部講師謝礼や研修受講料などが対象となります。会員企業は対象経費から国・県等の補助金を差し引いた額の10分の10以内、上限4万円とされています。事業実施の1週間前までの申請が必要です。
ただし、自治体制度についても、国の補助金を受けた同一経費に上乗せできるとは限りません。国の制度で申請しない別の経費として分離できるかを、事前に自治体へ確認する必要があります。
AI導入の目的は補助金を受けることではない
補助金や助成金を利用すれば、AI導入時の負担を抑えられる可能性があります。しかし、支援額を最大化することだけを目的にすると、不要なシステムや研修を購入する危険があります。
先に決めるべきなのは、補助金の枠ではなく、企業が改善したい業務です。
AIツールの導入後は、作業時間、処理件数、ミスの発生件数、提案数、売上総利益などを継続的に確認します。研修を受けた従業員が、実務でAIを使える状態になっているかも評価しなければなりません。
ツール導入、実務研修、社内ルール、効果測定を一つの計画として設計することで、補助金を一時的な費用削減ではなく、継続的な生産性向上につなげられます。

まとめ
デジタル化・AI導入補助金と人材開発支援助成金は、対象経費を明確に分ければ、同じAI導入プロジェクトで活用できる可能性があります。
デジタル化・AI導入補助金には、登録されたAIツールやクラウドサービスの導入費を申請し、人材開発支援助成金には、外部研修費と受講中の賃金を申請するのが基本です。
成功のポイントは、次の3つです。
- 同一経費を重複申請しない
- 契約や研修開始より前に必要な申請を終える
- AI導入後の業務改善と人材配置まで計画する
制度内容や申請様式は改正されることがあります。実際に申請する際は、最新の公募要領を確認し、IT導入支援事業者、社会保険労務士、管轄労働局などと連携して進めることが重要です。
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