はじめに
自治体で生成AIやAIチャットボットの活用が進む一方、単独自治体でAI基盤を構築・運用するには、費用、人材、セキュリティ、継続的なアップデートという大きな負担があります。
そこで注目されているのが、複数自治体でAI基盤を共同利用するモデルです。岐阜県では、AIスタッフ総合案内サービスを県および県内市町村の計40団体で共同利用する取り組みが進められました。住民は24時間365日、行政情報を問い合わせられ、自治体側も業務標準化やログ分析を進めやすくなるとされています。
ただし、共同利用は「みんなで使えば安くなる」という単純な話ではありません。重要なのは、誰が、どの費用を、どの基準で負担するのかを最初に設計することです。元資料でも、自治体AI基盤の共同利用は、調達費削減だけでなく、地域全体の行政能力を高める協調型デジタルインフラとして整理されています。
自治体AI基盤の共同利用とは何か
自治体AI基盤の共同利用とは、複数の自治体が同じAIサービスやクラウド基盤を利用し、導入費・運用費・保守費・改善ノウハウを分担する仕組みです。
対象となるサービスは、住民問い合わせに答えるAIチャットボット、議事録作成を支援する音声テキスト化、手書き申請書をデータ化するAI-OCR、庁内文書作成や要約を支援する生成AIなどです。
共同利用の強みは、個別導入では重くなりがちな初期投資やセキュリティ対応を複数団体で分散できる点にあります。加えて、同じ基盤を使うことで、業務テンプレート、FAQ、プロンプト、利用ルール、失敗事例、改善ノウハウを横展開しやすくなります。
埼玉県では、令和8年4月から県内地方公共団体等における生成AI共同利用を開始すると発表しています。対象製品はLGWAN環境でも利用可能な「自治体AI zevo」で、参加予定団体は15団体です。また、これ以前にも音声テキスト化、AI-OCR、チャットツールの共同利用を進めてきたことが示されています。
なぜ費用負担モデルが重要なのか
AI基盤の共同利用で最も揉めやすいのは、技術そのものよりも費用負担です。
大きな自治体から見ると、「人口規模が小さい自治体と同じ負担では不公平」と感じる可能性があります。一方、小規模自治体から見ると、「人口割だけで負担が決まると、予算規模に対して重すぎる」と感じる可能性があります。
この不公平感を放置すると、参加自治体が減り、共同利用の規模のメリットが失われます。共同利用は参加団体が多いほど、初期構築費や運用費を分散しやすくなります。逆に、負担ルールが納得されなければ、基盤そのものが持続しません。
そのため、自治体AI基盤では、単なる割り勘ではなく、固定費と変動費を分けて考える必要があります。
固定費と変動費を分けて考える
AI基盤にかかる費用は、大きく三つに分けられます。
第一に、初期構築費と固定費です。クラウド環境の構築、認証基盤、セキュリティ設計、LGWAN接続、基本ライセンス、運営事務局費などが該当します。これらは利用量にかかわらず発生するため、共同基盤を維持するための土台費用と考えます。
第二に、従量課金型の変動費です。生成AIのAPI利用料、音声テキスト化の処理時間、AI-OCRの処理件数、ログ保存容量などが該当します。これは利用量や業務規模に応じて変動するため、人口規模や利用実績と連動させるのが自然です。
第三に、個別環境整備費です。庁内LAN、端末、ネットワーク、電源、個別システム連携など、各自治体の既存環境に左右される費用です。これは共同負担に含めると不公平感が出やすいため、原則として各自治体が個別に負担する設計が現実的です。
均等割と人口割を組み合わせる
費用負担モデルの基本は、均等割と人口割の組み合わせです。
均等割は、すべての参加自治体が一定割合を同じように負担する考え方です。これは、共同基盤を「いつでも使える状態」に保つための固定費に向いています。人口規模に関係なく、基盤があること自体の価値を全団体が享受するからです。
一方、人口割は、人口規模に応じて負担を変える考え方です。住民問い合わせ数、申請件数、庁内利用者数、AI処理量は、自治体規模と一定程度関係するため、変動費の配分に向いています。
J-LISの自治体クラウド関連資料でも、共同化における費用按分例として、均等割55%・人口割45%という方式が示されています。
自治体AI基盤でも、固定費は均等割、利用量に近い費用は人口割または利用実績割にすることで、大規模自治体と小規模自治体の双方が納得しやすい設計になります。
小規模自治体を参加しやすくする設計が必要
自治体AI基盤の共同利用で見落としてはいけないのは、小規模自治体をどう参加しやすくするかです。
人口割を強くしすぎると、大規模自治体の負担は重くなります。一方、均等割を強くしすぎると、小規模自治体の負担感が増します。特に、AI人材が少ない自治体ほど共同利用の恩恵は大きいにもかかわらず、初期費用が高いと参加できません。
そのため、最初から大規模な生成AI基盤を一括導入するよりも、音声テキスト化、AI-OCR、庁内FAQ、文書要約など、効果が見えやすい業務から段階的に始めるのが有効です。埼玉県の事例でも、音声テキスト化、AI-OCR、チャットツールの共同利用を経て、生成AI共同利用へ進む流れが確認できます。
小さく始め、参加団体の成功体験を積み重ねながら、次のサービスへ広げる。この段階的な設計が、共同利用モデルを長続きさせる鍵になります。
知的財産とノウハウ共有をどう扱うか
AI基盤の共同利用では、システムだけでなく、プロンプト、FAQ、業務テンプレート、マニュアル、ログ分析の知見も重要な資産になります。
ここで問題になるのが、知的財産やノウハウの帰属です。自治体側が開発費を負担して作った成果物を、特定ベンダーだけが囲い込む形になると、他地域への横展開が進みにくくなります。一方、民間事業者にとっても、横展開できる仕組みがなければ、初期開発費を抑えて提供するインセンティブが弱くなります。
現実的には、自治体は公共性の高い成果物を他自治体へ展開できる条件を契約に盛り込み、民間事業者には再利用・改善・パッケージ化の余地を認める設計が必要です。
つまり、自治体がすべてを抱え込むのではなく、民間事業者が継続的に改善できる余地を残す。その代わり、自治体側はロックインを防ぐために、データの持ち出し、ログの扱い、プロンプト資産、標準フォーマットの権利関係を明文化しておくべきです。
セキュリティとプライバシーは共同利用の前提条件
生成AIを自治体業務に使う場合、住民の個人情報、機密情報、未公開情報の取り扱いが大きな論点になります。
共同利用では、複数自治体が同じ基盤を使うため、入力データが他団体に混ざらない設計、AI学習に利用されない設定、ログ管理、アクセス権限、監査証跡が必要です。特にLGWAN環境での利用可否は、自治体が安心して導入するうえで重要な判断材料になります。
埼玉県の生成AI共同利用でも、対象製品についてLGWAN環境でも利用可能な生成AIサービスであることが明記されています。
費用負担モデルを設計する際も、セキュリティ費用を単なる追加コストと見なすべきではありません。自治体AI基盤においては、セキュリティ、監査、個人情報保護こそが共同利用の前提条件です。
共同利用はEBPMにもつながる
AI基盤を共同利用する価値は、費用削減だけではありません。
複数自治体が同じ基盤を使えば、問い合わせ内容、業務処理、FAQの改善履歴、住民ニーズの傾向を比較しやすくなります。これにより、どの分野で住民の困りごとが多いのか、どの自治体の案内がわかりやすいのか、どの業務にAI活用の余地があるのかを分析できます。
岐阜県のAIスタッフ総合案内サービスの説明でも、ログデータ分析による自治体間比較が容易になり、住民ニーズの把握や行政サービス改善に活用できるとされています。
これは、証拠に基づく政策立案、いわゆるEBPMにもつながります。AI基盤を「業務効率化ツール」としてだけ見るのではなく、地域課題を可視化するデータ基盤として位置づけることが重要です。
自治体AI基盤の共同利用を成功させるポイント
自治体AI基盤の共同利用を成功させるには、次の四つを押さえる必要があります。
一つ目は、費用を固定費・変動費・個別整備費に分けることです。すべてを一律で割ると、不公平感が出ます。
二つ目は、均等割と人口割を組み合わせることです。基盤維持の価値は均等割で、利用規模に応じる部分は人口割や利用実績割で配分します。
三つ目は、スモールスタートで始めることです。最初から大規模な生成AI基盤を目指すのではなく、音声テキスト化、AI-OCR、庁内FAQなど、効果が見えやすい領域から始める方が合意形成しやすくなります。
四つ目は、民間事業者との役割分担を明確にすることです。自治体側は公共性とデータ主権を守り、民間側は技術更新と横展開を担う。この関係を契約と運用ルールで設計する必要があります。

まとめ
自治体AI基盤の共同利用は、単なるコスト削減策ではありません。人口減少、人材不足、行政サービスの高度化という課題に対し、複数自治体が協力してデジタル基盤を育てる取り組みです。
しかし、共同利用を持続させるには、費用負担モデルの設計が欠かせません。固定費は均等割、変動費は人口割や利用実績割、個別環境整備費は各自治体負担とすることで、納得感のある仕組みに近づきます。
さらに、AI基盤を横展開するには、知的財産、データ管理、ログ活用、セキュリティ、民間事業者との役割分担を最初から整理する必要があります。
自治体AIの本当の価値は、単独自治体の効率化ではなく、地域全体で学習し続ける行政基盤をつくることにあります。共同利用モデルは、そのための現実的な選択肢になりつつあります。
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