はじめに
介護現場では、記録作成、申し送り、家族向け文書、研修資料、ケアプラン作成支援など、生成AIを活用できる場面が広がっています。一方で、介護事業所が扱う情報は、利用者の心身状態、病歴、家族関係、生活状況など、極めて慎重に扱うべき情報です。
生成AIは、使い方を間違えれば個人情報漏えい、虚偽情報の利用、著作権侵害、誤ったケア判断につながる可能性があります。そのため、介護事業所では「便利だから使う」のではなく、「何に使ってよいか」「何を入力してはいけないか」「誰が確認するか」を明文化した利用ガイドラインが必要です。
本稿では、介護事業所向け生成AI利用ガイドラインの策定と実践的雛形を整理した調査報告をもとに、現場で導入しやすい形に再構成します。
介護事業所に生成AI利用ガイドラインが必要な理由
介護現場で生成AIが注目される背景には、慢性的な人材不足と記録業務の負担があります。介護職員は、利用者対応だけでなく、日々の記録、計画書、報告書、家族連絡、研修、行政対応など、多くの文書業務を抱えています。生成AIは、こうした周辺業務を効率化し、職員が利用者と向き合う時間を確保する手段になり得ます。
ただし、介護分野では「効率化」だけを優先してはいけません。AI事業者ガイドラインは、AIの開発者・提供者・利用者がリスクを認識し、適切な対策を講じるための指針として整備されています。2026年時点では第1.2版が公表され、活用の手引きも整備されています。
また、日本ではAI推進法が2025年6月に公布・一部施行され、同年9月に全面施行されています。AIの活用は今後さらに進みますが、介護事業所に求められるのは、AIを禁止する姿勢ではなく、安全に使える体制を早く整えることです。
生成AIを使ってよい業務範囲を先に決める
介護事業所のガイドラインで最初に決めるべきなのは、「生成AIを何に使うか」です。ここが曖昧なまま導入すると、職員ごとに判断が分かれ、シャドーAIの発生や情報漏えいにつながります。
利用を認めやすい業務は、個人が特定されない形に加工したうえでの文書作成補助です。たとえば、研修資料のたたき台、業務マニュアルの整理、会議メモの要約、施設内掲示文の作成、一般的な介護知識の確認、家族向け案内文の下書きなどです。
一方で、慎重に扱うべきなのは、介護記録、ケアプラン、アセスメント、事故報告書、苦情対応文書です。これらは生成AIで下書きを作ることはできても、最終判断は必ず専門職が行う必要があります。
特に、疾病の診断、治療方針、医学的判断、利用者の処遇決定をAIに委ねることは避けるべきです。診断支援や治療支援を目的とするプログラムは、医療機器プログラムに該当する可能性があり、厚生労働省も該当性相談の窓口を設けています。
入力してはいけない情報を明文化する
介護事業所の生成AIガイドラインで最も重要なのが、入力禁止情報の整理です。生成AIに情報を入れる段階で事故が起きるため、職員が迷わない表現にする必要があります。
禁止すべき情報は、まず利用者本人を特定できる情報です。氏名、住所、電話番号、生年月日、被保険者番号、顔写真、音声、家族構成、緊急連絡先などは、原則として入力しないルールにします。
次に、要配慮個人情報にあたる可能性がある情報です。病歴、服薬状況、認知症の症状、障害、既往歴、ADL、排泄、食事、睡眠、精神状態、家族トラブル、虐待の疑い、経済状況などは、介護現場では日常的に扱います。しかし、これらを外部AIにそのまま入力することは、情報漏えいリスクが高い行為です。
さらに、法人内部の情報も注意が必要です。職員の人事評価、採用情報、給与情報、経営資料、事故・苦情の未公表情報、取引先との契約内容、他社から受け取った秘密情報も入力禁止に含めます。
画像生成AIを使う場合は、他者の写真、ロゴ、著名人の氏名や顔、既存キャラクター、第三者が作成した文章やデザインを不用意に使わないことも明記します。JDLAは画像生成AIの利用ガイドラインも公開しており、既存著作物との類似や権利侵害に注意を促しています。
生成AIの出力は「正解」ではなく「下書き」と扱う
生成AIの出力は、それらしく見えても誤りを含むことがあります。介護現場では、この誤りが利用者の生活や安全に影響する可能性があります。したがって、ガイドラインでは「AIの出力は必ず人が確認する」と明記する必要があります。
たとえば、ケアプランの文例をAIに作らせた場合でも、その内容が利用者本人の状態、希望、生活歴、家族状況に合っているかはケアマネジャーや担当職員が確認しなければなりません。AIが提案した文章をそのまま記録や計画書に転記する運用は避けるべきです。
医療・ヘルスケア分野の生成AI利用ガイドラインでも、生成AIを利用する医療機関・薬局等がリスクを適切に管理するための対策を検討する必要性が示されています。介護事業所も同様に、AIを「判断者」ではなく「補助者」と位置づけることが現実的です。
介護事業所向け生成AI利用ガイドラインの実践雛形
以下は、介護事業所でそのまま検討しやすい簡易雛形です。
第1条 目的
本ガイドラインは、当事業所の職員が生成AIを業務で利用する際の基本ルールを定め、個人情報保護、情報セキュリティ、権利侵害防止、ケア品質の維持を図ることを目的とする。
生成AIは、職員の業務を補助するためのツールであり、利用者へのケア判断、医学的判断、法的判断、人事判断を代替するものではない。
第2条 利用できる生成AI
業務で利用できる生成AIは、法人が指定したサービスに限る。無料の個人向け生成AIサービス、私用アカウント、出所不明のAIツールは、業務利用を禁止する。
法人が指定するサービスは、入力データが学習に利用されない設定、アクセス管理、ログ管理、契約条件、セキュリティ体制を確認したうえで選定する。
第3条 利用を認める用途
生成AIは、以下の用途で利用できる。
研修資料、マニュアル、議事録、一般的な案内文、施設内掲示、業務改善案、文章の言い換え、誤字脱字確認、個人が特定されない記録文例の作成補助。
ただし、出力内容は必ず職員が確認し、必要に応じて修正する。
第4条 禁止される用途
生成AIを以下の用途で利用してはならない。
利用者の疾病診断、治療方針の決定、服薬判断、身体拘束の判断、ケア方針の最終決定、職員の採用・評価・処分の自動判断、法的文書の最終判断、苦情・事故対応の無確認送信。
生成AIによる提案は参考情報にとどめ、最終判断は必ず責任ある職員が行う。
第5条 入力禁止情報
生成AIには、以下の情報を入力してはならない。
利用者の氏名、住所、電話番号、生年月日、顔写真、音声、被保険者番号、病歴、服薬情報、障害情報、認知症状、家族関係、経済状況、虐待や苦情に関する情報、職員の人事情報、法人の未公開情報、取引先の秘密情報、第三者の著作物。
やむを得ず事例検討に使う場合は、個人が特定されないように匿名化し、管理責任者の許可を得る。
第6条 出力内容の確認
生成AIの出力は、事実誤認、古い情報、偏り、不適切表現を含む可能性がある。業務で利用する前に、担当職員が内容を確認し、必要に応じて修正する。
介護記録、ケアプラン、事故報告、家族連絡、行政提出資料に利用する場合は、管理者または責任者の確認を受ける。
第7条 違反時の対応
誤って禁止情報を入力した場合、または生成AIの出力により事故や苦情につながる恐れがある場合は、速やかに管理責任者へ報告する。
重大な違反があった場合は、法人の情報セキュリティ規程、個人情報保護規程、就業規則に基づいて対応する。
ベンダー契約とAI連携で確認すべきこと
介護ソフトや記録システムにAI機能を組み込む場合、単に便利な機能があるかだけで判断してはいけません。契約段階で、入力データの扱い、学習利用の有無、保存期間、ログ取得、障害時対応、事故発生時の報告、再委託先、著作権、セキュリティ責任を確認する必要があります。
生成AIを組み込んだシステム開発では、出力精度を完全に保証しにくいという特性があります。JDLAは生成AI開発契約ガイドラインを公開し、ユーザーとベンダーの契約実務上の不安を解消するための指針を示しています。
介護事業所側は、「AIが間違えた場合に誰が確認するのか」「出力結果をどの業務に使ってよいのか」「職員が修正した履歴を残せるのか」まで確認しておくべきです。契約書や仕様書に残さないまま導入すると、トラブル時に責任範囲が曖昧になります。
補助金活用の前に業務のデジタル化を整える
生成AIを導入する前提として、日々の業務がある程度デジタル化されていることも重要です。紙の記録、ホワイトボード、口頭連絡が中心のままでは、AIに活用できるデータが整いません。
介護分野では、科学的介護情報システムLIFEなど、データに基づく介護の仕組みが整備されています。厚生労働省はLIFE関連の情報を継続的に公表しており、2026年にも運営主体の移管などに関する周知が行われています。
また、2026年はデジタル化・AI導入補助金の公式サイトも開設されています。補助金は公募回や対象経費が変わるため、導入前に必ず最新の公募要領を確認し、交付決定前に契約・支払いを進めないことが重要です。
補助金ありきでAIを入れるのではなく、まず「記録を標準化する」「入力項目を揃える」「職員が使える端末を整える」「情報共有のルールを作る」ことが先です。その土台があって初めて、AIは現場の負担軽減に役立ちます。

まとめ
介護事業所における生成AI活用は、記録業務や文書作成の負担を減らし、職員が利用者と向き合う時間を増やす可能性があります。しかし、介護現場は個人情報、要配慮個人情報、医療・生活情報を扱うため、一般企業以上に慎重なルール設計が求められます。
大切なのは、AIを全面的に禁止することではありません。利用できる範囲、入力禁止情報、禁止用途、確認責任、ベンダー契約、職員研修を明文化し、安心して使える環境を作ることです。
生成AIは、介護の専門性を置き換えるものではなく、専門職がよりよいケアに集中するための補助ツールです。ガイドラインを先に整える事業所ほど、今後の介護DXやデータ活用にも対応しやすくなります。
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