CAIOを置けない自治体でもAIガバナンスは構築できる
生成AIは、文書作成、議事録の要約、庁内FAQ、申請書の確認、問い合わせ対応など、自治体業務の幅広い領域で活用できる可能性があります。
一方で、人口規模の小さい自治体では、AI統括責任者であるCAIOや専任のセキュリティ人材を確保することが困難です。情報政策部門が少人数で、システム運用、職員からの問い合わせ、セキュリティ対応を兼務しているケースも珍しくありません。
このような自治体に、大規模な府省庁と同じ組織体制をそのまま求めても、実際には運用できない可能性があります。
重要なのは、CAIOという役職を設置することではなく、CAIOが担うべき機能を「自治体内部」「広域組織」「都道府県」「外部専門家」「システム」に分けて配置することです。
国のCAIOモデルを小規模自治体へそのまま当てはめる難しさ
デジタル庁の「行政の進化と革新のための生成AIの調達・利活用に係るガイドライン」では、生成AIの利活用促進とリスク管理を表裏一体で進める考え方が示されています。
各府省庁ではCAIOが生成AIの利用状況を把握し、利用ルール、リスク管理、調達、運用状況の確認などを統括する体制が想定されています。ただし、これは主として国の府省庁を対象とした枠組みです。
小規模自治体が同じ体制を単独で構築しようとすると、次のような問題が生じます。
- AI、個人情報、契約、セキュリティの知識を持つ職員が不足する
- 担当者の異動によって運用ノウハウが失われる
- 利用規程を作成しても、継続的な監査や更新ができない
- 製品ごとの安全性や契約条件を評価できない
- AI導入効果を測定し、予算要求につなげる体制がない
したがって、小規模自治体では「CAIOを一人置く」という発想よりも、必要な機能を分解して補完する設計が現実的です。
小規模自治体で代替すべきCAIOの5つの機能
CAIO不在を考える際には、肩書ではなく、実際に必要となる機能を整理する必要があります。
AI利用方針と禁止事項の決定
どの業務でAIを利用できるのか、どの情報を入力してはいけないのかを明文化します。
個人情報、要配慮個人情報、未公表情報、入札情報、住民相談、福祉・税務情報などは、サービスの契約条件や安全管理措置を確認せず入力すべきではありません。
AIサービスの調達・契約審査
学習への利用の有無、データ保存期間、保存場所、再委託、事故発生時の報告、ログの提供、契約終了時のデータ削除などを確認します。
個人情報保護法上の評価と、秘密保持契約や利用規約上の評価は分けて行う必要があります。個人情報保護法上問題がないように見える場合でも、契約で定めた目的外利用や第三者提供に抵触する可能性は残ります。
業務別のAIリスク評価
文章の言い換えと、住民の権利や給付に影響する判断支援では、必要な管理水準が異なります。
利用業務、対象データ、出力先、住民への影響、誤りが生じた場合の被害を確認し、リスクに応じて利用範囲を決める必要があります。
運用監視とインシデント対応
AIサービスは、導入して終わりではありません。
利用状況、誤回答、情報の誤入力、不審なアクセス、過剰な利用コストなどを定期的に確認し、事故が起きた場合の報告先と停止手順を決めておく必要があります。
導入効果の評価
利用回数だけでは、AI導入の効果は判断できません。
文書作成時間、確認時間、手戻り、問い合わせ対応時間、住民の待ち時間など、業務プロセスの変化を測定します。効果が確認できない場合は、プロンプト、業務フロー、対象業務そのものを見直します。
CAIO不在を補う3層のAIガバナンス代替モデル
小規模自治体の現実に合うのは、単独完結ではなく、広域連携とシステム制御を組み合わせた三層構造です。
第1層:都道府県による共同調達と共通ルール
都道府県が市町村を取りまとめ、生成AIサービスを共同調達する方法です。
自治体ごとに仕様書を作成し、事業者を比較し、契約条件を審査する負担を減らせます。複数団体が参加することで、導入・運用コストを抑えられる可能性もあります。
埼玉県では、県内の地方公共団体を取りまとめ、2026年4月からLGWAN環境でも利用できる生成AIサービスの共同利用を開始しています。共同利用には15団体が参加し、単独導入よりも安価な利用と運用負担の軽減を目指しています。埼玉県「県内地方公共団体等における生成AI共同利用」
共同調達では、製品を安く契約するだけでなく、次の項目を共通化することが重要です。
- 利用可能な業務と禁止業務
- 入力可能な情報の範囲
- 学習利用、保存場所、保存期間の条件
- インシデント報告の期限と連絡経路
- 利用ログの取得・提供条件
- 職員研修と利用マニュアル
- 契約終了時のデータ削除
第2層:広域連携による共同CAIO機能
地方自治法には、協議会、機関等の共同設置、事務の委託、一部事務組合など、自治体間で事務を共同処理するための仕組みがあります。
これらを活用し、複数の市町村が共同でAIガバナンスを担う方法が考えられます。
例えば、複数自治体の職員による「共同AI推進事務局」を設け、必要に応じて外部専門家を加えます。共同組織が、利用規程、製品評価、契約チェック、インシデント対応、職員研修を一元的に支援する形です。
ただし、広域連携をしても、各自治体の責任がなくなるわけではありません。住民情報を扱う業務の判断や、行政処分に関する最終的な責任は、それぞれの自治体が持つ必要があります。
第3層:システムによる技術的ガードレール
規程や研修だけで、誤入力や不適切な利用を完全に防ぐことは困難です。
そこで、禁止事項を職員の注意力だけに頼らず、システム側で制御します。
- 未承認AIサービスへの接続を制限する
- 個人名、住所、電話番号などを送信前に検知する
- 個人情報を自動的にマスキングする
- 職員の権限に応じてRAGの検索対象を制限する
- 外部システムへの書き込み権限を最小化する
- 重要な処理の前に人間の承認を必須にする
- 通信ログや操作ログを保存し、異常を検知する
「ルールを守ってください」と呼びかけるだけでなく、ルール違反が起こりにくい環境を設計することがポイントです。
小規模自治体が優先して対策すべきAIリスク
直接入力とシャドーITによる情報漏えい
職員が一般向け生成AIへ住民情報や未公表情報を入力すると、組織の監督範囲外で情報が処理される可能性があります。
また、公式に許可されていないAIサービスを私用端末などから利用するシャドーITも問題です。承認済みサービスを使いやすく整備したうえで、未承認サービスへの接続制御と利用状況の把握を行う必要があります。
RAGとAIエージェントの権限過大
庁内文書を検索するRAGでは、AIが検索できる範囲と、質問した職員が閲覧できる範囲を一致させなければなりません。
アクセス制御が不十分な場合、一般職員が本来閲覧できない人事、福祉、税務などの文書をAIが検索し、回答に反映する可能性があります。
MCPなどを通じてAIが外部システムを操作する場合は、最初から更新・削除権限を与えず、読み取り専用から開始することが基本です。
個人情報と契約条件の不一致
個人情報保護委員会のFAQでは、クラウド事業者がデータを取り扱うかどうかは、契約条項やアクセス制御などの実態を踏まえて判断する考え方が示されています。個人情報保護委員会「FAQ索引」
「入力データを学習に使わない」という説明だけで安全と判断せず、保存、閲覧、再委託、国外移転、削除まで確認する必要があります。
AI出力をそのまま行政判断に使う危険
生成AIは、事実と異なる内容を出力することがあります。また、過去のデータに含まれる偏りを反映する可能性もあります。
住民の権利、給付、審査、処分に影響する業務では、AIを最終決定者にしてはいけません。AIは整理、検索、候補提示に限定し、根拠資料を確認できる職員が最終判断を行う仕組みが必要です。
企画・調達・運用を分けた責任分担
| 段階 | 各自治体が担うこと | 広域組織・都道府県が担うこと | システムで制御すること |
|---|---|---|---|
| 企画 | 対象業務と利用目的の決定 | 共通ルールと評価基準の策定 | 利用区分と権限の設定 |
| 調達 | 自治体固有の要件確認 | 仕様書、契約、事業者評価の支援 | 保存・学習・ログ条件の実装 |
| 運用 | 出力確認と最終判断 | 利用状況の監査、研修、相談対応 | マスキング、アクセス制御、異常検知 |
| 事故対応 | 初動報告と影響範囲の確認 | 専門的評価と関係団体との調整 | ログ保全、利用停止、接続遮断 |
| 改善 | 業務効果と問題点の報告 | 共通ルールと調達条件の更新 | 設定変更と再発防止策の反映 |
デジタル庁のガイドラインも、AIの利用促進とリスク管理を一体的に進め、調達時の確認だけでなく運用開始後も安全性や品質を検証する考え方を示しています。デジタル庁「生成AIの調達・利活用に係るガイドライン第2.0版」
小規模自治体が進める3段階の導入手順
第1段階:共通サービスを安全に使う
都道府県や広域組織が調達したサービスを利用し、文書案、要約、アイデア整理など、住民への直接的な影響が小さい業務から始めます。
この段階で、入力禁止情報、出力確認、事故報告、利用ログの基本ルールを定着させます。
第2段階:共同CAIO機能を整備する
複数自治体で共同事務局や審査会を設け、業務別のリスク評価、RAGの権限設計、契約審査、効果測定を行います。
個別自治体では確保できない専門性を共同化し、担当者の異動によって運用が止まらない体制をつくります。
第3段階:ガードレールをシステムへ組み込む
個人情報の自動検知、職員認証とRAG権限の連動、人間による承認、監査ログ、異常利用の検知などを実装します。
ただし、システム化すれば人間の監督が不要になるわけではありません。ログ自体に個人情報や機密情報が含まれる可能性があるため、閲覧権限、保管期間、利用目的も定める必要があります。

まとめ
CAIOを置けないことは、AIガバナンスを構築できない理由にはなりません。
小規模自治体に必要なのは、特定の一人へ責任を集中させる体制ではなく、CAIOの機能を分解し、都道府県、近隣自治体、外部専門家、庁内担当者、システムへ適切に配分することです。
まずは都道府県による共同調達と共通ルールを活用し、次に広域連携による共同CAIO機能を整備します。そのうえで、アクセス制御、個人情報のマスキング、人間による確認、監査ログなどをシステムへ組み込むことで、担当者個人の知識や注意力に依存しない運用へ移行できます。
重要なのは、CAIOという肩書の有無ではありません。「誰が方針を決め、誰がリスクを評価し、誰が運用を監視し、事故時に誰が止めるのか」を明確にすることが、小規模自治体におけるAIガバナンスの出発点です。
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