日本のデジタル赤字とAI依存|フィジカルAIで企業の競争力を高めるには

海外のクラウドを使い、生成AIで資料を作り、インターネット広告で顧客を集める。こうしたサービスは、今や企業活動を支える身近な道具です。一方、その利用に伴う海外への支払いが、日本の「デジタル赤字」として注目されています。

経済産業省が2026年5月に公表した資料によると、2025年のデジタル関連収支は約6.6兆円の赤字でした。AIの普及を考える際には、便利さだけでなく、支払いの先でどのような価値が生まれ、その価値が誰に残るのかを見る必要があります。www8.cao.go.jp

中小企業にとっても、これは遠い国際経済の話ではありません。AI利用料の増加、サービス提供会社への依存、現場のノウハウを生かした新事業など、日々の経営判断につながるテーマです。

デジタル赤字とは何を表す数字か

デジタル赤字とは、デジタル関連サービスについて、海外から受け取る金額より海外へ支払う金額が大きい状態を指します。

総務省の情報通信白書では、国際収支統計の「コンピュータサービス」「著作権等使用料」「専門・経営コンサルティングサービス」の収支を合計して、デジタル関連収支を説明しています。2025年は約6.6兆円の支払超過で、前年より赤字幅は約0.1兆円縮小しました。200.180.31.150.static.iijgio.jp

ここで注意したいのは、この数字が生成AIの利用料だけを集計したものではない点です。クラウド、ソフトウェア、広告関連の取引などを含む幅広い収支であり、著作権等使用料にはコンテンツに関する取引も含まれます。

したがって、「デジタル赤字6.6兆円」を、そのまま「AIへの支払い6.6兆円」と読み替えることはできません。「AI赤字」という表現を使う場合も、対象となる費用や推計方法を明らかにする必要があります。

また、赤字という言葉だけで投資の良し悪しは判断できません。海外サービスを使って生産性を高め、国内企業の利益や輸出を増やせる場合もあります。企業が確認すべきなのは、支払い額に見合う成果を得ているか、利用を続けるほど自社の強みが育つかという点です。

生成AIの普及で変わる費用の構造

従来のソフトウェアでは、利用人数に応じた月額料金が費用管理の中心でした。生成AIでは、これに文章や画像の処理量、APIの呼び出し、計算資源の利用などが加わります。

特にAIエージェントは、一つの依頼に対して検索、情報整理、文章作成、確認を繰り返すことがあります。利用者には一回の操作に見えても、裏側では複数回の処理が走り、費用が積み上がる可能性があります。

このため、月額料金だけを比較して導入を決めると、運用開始後の負担を見落とします。試行段階では安くても、対象部署や処理件数が増えれば、通信、保管、システム連携、保守まで含めた費用は変わります。

経営会議では「何人が使っているか」に加え、「一つの仕事を終えるのにいくらかかるか」を確認すると、判断が具体的になります。例えば、問い合わせ対応であれば、AIの処理費用だけでなく、人による確認や修正も含めて、一件を完了するまでの負担を見ます。

もう一つの論点は、価値の蓄積先です。AIを使って納期を短縮できても、改善した手順や判断の記録が残らなければ、サービスを変更した際に同じ工夫をやり直すことになります。費用管理と並行して、成果を自社で再利用できる形に残す設計が必要です。

将来予測と円安への影響をどう読むか

デジタル赤字の将来像を考える際は、実績、試算、政策目標を区別することが出発点です。

経済産業省の『デジタル経済レポート』では、独自の推計モデルによって2035年までのシナリオを検討しています。こうした推計は、市場の成長や企業の競争力などの前提を置いた分析です。将来の赤字額がすでに確定しているわけではありません。meti.go.jp

企業が将来予測を使う目的は、見出しの大きな数字に反応することより、前提が自社にも当てはまるかを確認することにあります。AI処理量が増えるのか、外貨建ての料金があるのか、価格改定に対応できるのか。こうした問いに分解すれば、予測を予算や調達の判断に生かせます。

為替との関係も、単純には説明できません。外貨建てサービスへの支払いは外貨需要につながり得ますが、為替は金利差、投資資金の動き、貿易、企業の決済方法など複数の要因で変動します。デジタル赤字だけから、円安の程度や継続期間を断定することはできません。

中小企業が実務で確認したいのは、自社の支払い条件です。円建て契約でも将来の料金改定を受ける可能性があり、外貨建て契約では為替変動が予算に影響します。通常時の見積もりに加え、利用量の増加や価格改定があった場合の費用も把握しておくと、導入後の判断が安定します。

国産AIの選択は運用環境まで見る

海外依存への対応として、国内のAI開発にも注目が集まっています。

経済産業省のGENIACは、生成AI基盤モデルの開発と利活用を支援する取り組みです。2026年3月の成果報告会では、業界に特化したモデルや、社内環境で動作するモデルなどが紹介されました。開発と利用を結び付け、現場の情報をAIで扱える状態に整える方針も示されています。GENIAC(METI/経済産業省)

ただし、国内企業が提供するAIであっても、計算基盤や運用に海外サービスを使う場合があります。提供会社の所在地だけでは、データの管理や供給上の依存関係を判断できません。

選定時には、データの保存先、処理を行う環境、学習への利用条件、障害時の対応、契約終了時のデータ取り出し方法まで確認します。

自社で動かせる小型モデルにも選択肢がありますが、設備、電力、更新、保守を担う人材の費用が発生します。処理量が少ない企業では、クラウドの方が合理的な場合もあるでしょう。

例えば、幅広い文章作成にはクラウドAIを使い、機密性の高い処理には管理可能な別環境を選ぶ方法が考えられます。導入する業務ごとに、精度、費用、機密性、運用負担を比較することが現実的です。

フィジカルAIは現場の強みを生かせるか

フィジカルAIとは、画像やセンサーなどの情報を使い、現実の環境を認識して、機械やロボットの動作につなげるAIを指します。

文章を生成するAIと比べると、対象物の形、位置、重さ、周囲の人の動きなど、物理的な条件への対応が問われます。部品をつかむ、荷物を運ぶ、作業状況を見て動作を調整するといった場面が対象になります。

政府はAIロボティクスを、人手不足への対応と産業競争力の強化を目指す政策領域として位置付けています。GENIACの公式報告でも、ロボット基盤モデルや現場データを重視する方向性が示されています。cas.go.jp

この方向性から、中小製造業には、現場で蓄積した経験をAI開発やサービスに結び付ける機会があると考えられます。例えば、材料の状態による調整、設備の癖、作業の順序、異常が起きる前の兆候などです。

ただし、経験がそのまま学習データになるわけではありません。何を見て、どの条件で、どのように判断し、結果がどうなったかを対応付ける作業が必要です。成功例に加え、失敗や例外も記録すると、適用できる範囲を検討しやすくなります。

また、フィジカルAIを搭載した製品が増えても、その利益が国内企業に残るとは限りません。機器の販売後に、制御ソフトウェア、更新、運用サービスなどの継続的な価値を誰が提供するかが問われます。ハードウェアとサービスを合わせた事業設計が、競争力を左右します。

中小企業が始める三つの見直し

まず、AI関連費用を業務単位で把握します。

契約料金に、従量課金、連携開発、確認作業、保守を加え、どの業務にいくら使っているかを整理します。利用上限や異常な処理回数を把握する仕組みも設けると、費用が増えた理由を追えます。

次に、自社に残すべき資産を決めます。

現場の判断記録、作業条件、検証結果、顧客対応の改善点などを、サービス変更後も利用できる形で保管します。共同開発をする場合は、元データ、学習済みモデル、改善成果を誰が利用できるか、契約前に確認します。

最後に、フィジカルAIの検討は一つの工程から始めます。

例えば、形状にばらつきがある部品の搬送や、配置が変わる荷物の取り扱いなど、現在の自動化で難しい作業を候補にします。AIが必要なのか、治具の変更や従来の制御で対応できるのかも比較します。

試行では平均的な成功率だけでなく、失敗した条件、復旧に必要な時間、人が介入する場面を確認します。人と同じ空間で動く設備では、停止条件や安全な動作範囲も含めて設計します。

成果は、省人化だけでなく、品質の安定、納期、受注できる仕事の範囲まで見ます。自社のサービスとして育てられるかを考えることで、AI利用が将来の収益につながります。

まとめ

デジタル赤字は、日本が海外のデジタルサービスを利用する一方、その関連収支で支払いが受け取りを上回っていることを示します。生成AIの普及を考える際にも、統計の対象範囲と将来予測の前提を確認する姿勢が欠かせません。

企業の対応は、AI関連費用を把握し、導入の成果を自社で再利用できる形に残すことから始まります。

フィジカルAIには、製造や物流の現場で培った経験を新しい製品・サービスに結び付ける可能性があります。現場データの利用条件と、導入後の運用・保守まで設計することが、自社の競争力を育てる一歩になります。

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