はじめに
人口減少、少子高齢化、職員不足が同時に進むなか、自治体には「今ある人員で、より複雑な住民サービスを維持する」ことが求められています。
その現実的な打ち手の一つが、複数自治体によるAI基盤の共同利用です。単独自治体がそれぞれAI環境を構築するのではなく、共通基盤を使い、コスト・知見・運用体制を共有する考え方です。
政府もAI活用を重要政策として位置づけています。AI法は、AIのイノベーション促進とリスク対応の両立を目的に、2025年6月に公布・一部施行され、同年9月に全面施行されました。
つまり自治体にとってAI活用は、単なる業務効率化ツールではなく、今後の行政運営そのものを支える基盤になりつつあります。
複数自治体によるAI基盤共同利用とは何か
AI基盤共同利用とは、自治体ごとに個別のAIシステムを持つのではなく、複数自治体が共通のAI利用環境、データ連携基盤、認証基盤、セキュリティ管理、運用ルールを共有する仕組みです。
たとえば、議事録作成、庁内FAQ、文書要約、住民向け問い合わせ対応、申請書類の確認支援、観光案内、防災情報整理などは、多くの自治体に共通する業務です。これらを自治体ごとに別々に開発・調達すれば、似たような投資が繰り返されます。
デジタル庁のデータ連携基盤共同利用ガイドブックでも、類似機能への重複投資を避け、相互運用性を高める観点から共同利用の重要性が示されています。
なぜ今、自治体AI基盤の共同利用が必要なのか
人口減少で行政サービスの維持が難しくなる
自治体DXの背景には、単なるデジタル化ではなく、人口減少による構造的な制約があります。デジタル行財政改革の資料では、人口減少下でも医療、子育て、交通、上下水道、行政などの公共サービスを維持・向上させるDXの推進が重要とされています。
特に行政分野では、職員数の不足、専門人材の確保難、業務量の増加が同時に起きています。こうした状況で、各自治体が単独で高度なAI人材、セキュリティ人材、システム運用人材を抱えるのは容易ではありません。
共同利用は、この限界を補うための現実的な選択肢です。単にシステムを安く使うためではなく、「自治体間で支え合う行政インフラ」を作る意味があります。
AI活用は単独運用より共同運用に向いている
生成AIは、導入して終わりではありません。利用ルール、プロンプト設計、参照データの整備、回答精度の評価、ログ管理、職員研修、個人情報保護、著作権・ハルシネーション対策など、継続的な運用が必要です。
小規模自治体がこれらをすべて単独で行うと、負担が大きくなります。一方、複数自治体で基盤を共有すれば、共通マニュアル、共通テンプレート、共通FAQ、共通研修、共通監査の仕組みを整えやすくなります。
デジタル庁の生成AI技術検証でも、機密性のある情報を扱える利用環境や専門家の伴走支援が、行政での生成AI活用を進める要素として確認されています。
AI基盤共同利用で期待できる効果
1. コスト削減と重複投資の抑制
共同利用の最も分かりやすい効果は、コストの抑制です。AI環境の構築、LLM利用料、API管理、セキュリティ対策、ログ管理、運用サポートなどは、個別導入ではそれぞれの自治体に負担が発生します。
共同基盤にすることで、初期構築費、保守費、ライセンス費、専門家支援費を分担しやすくなります。特に、人口規模が小さい自治体ほど、単独調達よりも共同利用の効果を感じやすい可能性があります。
ただし、費用負担のルールは慎重に設計する必要があります。人口割、利用量割、均等割、機能別負担などを組み合わせ、特定の自治体に負担が偏らない形にすることが重要です。
2. セキュリティとガバナンスの標準化
自治体がAIを使う場合、個人情報、行政文書、相談記録、住民問い合わせ、内部資料などを扱う可能性があります。そのため、単に便利なAIツールを使うだけでは不十分です。
共通基盤では、入力禁止情報、ログ保存期間、アクセス権限、外部送信の制限、回答確認フロー、監査体制を統一しやすくなります。
AI事業者ガイドラインは2026年3月に第1.2版が取りまとめられており、AI開発者・提供者・利用者それぞれの役割や、AIガバナンスの考え方が整理されています。自治体がAI利用者・提供者の立場になる場合も、こうした考え方を踏まえた運用設計が欠かせません。
3. 人材不足を補う共同研修と知見共有
AI活用の成否は、ツールそのものよりも「使う人」に左右されます。職員がAIに何を任せ、何を人間が判断するのかを理解していなければ、誤った回答の利用や、機密情報の入力といったリスクが高まります。
共同利用では、複数自治体で共通の研修プログラムを作ることができます。プロンプト作成、庁内FAQの整備、回答検証、住民向け説明、業務フロー見直しなどを、自治体横断で学び合う形にできます。
これは、単なる研修費の削減ではありません。ある自治体で成功したプロンプトや運用ルールを、他の自治体でも再利用できる「知見の循環」が生まれることに価値があります。
共同利用に必要な技術的アーキテクチャ
データ連携基盤とAI基盤を分けて考える
AI基盤共同利用を考える際には、「AIを使う環境」と「データを連携する基盤」を混同しないことが大切です。
AI基盤は、生成AI、LLM、RAG、プロンプト管理、API管理、ログ管理などを担います。一方、データ連携基盤は、観光、福祉、防災、子育て、交通など、複数分野のデータを安全に連携させる役割を持ちます。
デジタル庁は、共用化された個人認証サービス、分野ごとに整理・標準化されたデータモデル、必要なAPIセットの公開が相互運用性を高めるうえで重要だとしています。
RAGで自治体ごとの情報を安全に活用する
自治体AIで重要になるのがRAGです。RAGとは、AIが一般的な知識だけで回答するのではなく、自治体が保有する条例、要綱、FAQ、業務マニュアル、申請書類などを参照しながら回答を生成する仕組みです。
これにより、庁内FAQや住民向け問い合わせ対応の精度を高めやすくなります。ただし、RAGに投入する資料は、正確で、更新されており、公開範囲が明確でなければなりません。
共同利用では、共通部分と自治体固有部分を分ける設計が必要です。たとえば、制度の基本説明は共通化し、各自治体の窓口、手続き名、様式、締切、担当課などは自治体別に参照させる形が考えられます。
共同利用の運用モデル
都道府県主導型
都道府県が中心となり、県内市町村にAI基盤を提供するモデルです。小規模自治体でも参加しやすく、セキュリティや調達の標準化を進めやすい利点があります。
ただし、県内自治体の業務実態や優先順位には差があります。そのため、上から一律に導入するのではなく、市町村の現場課題を吸い上げる仕組みが必要です。
複数自治体連携型
課題や規模が近い自治体同士が連携し、共同でAI基盤を導入するモデルです。観光圏、生活圏、広域行政圏など、住民の移動や行政課題が重なる地域では有効です。
このモデルでは、自治体同士の合意形成が重要になります。費用負担、データ利用、責任分界点、障害発生時の対応、改善要望の優先順位を事前に決めておく必要があります。
外部組織・協議会型
一般社団法人、協議会、地域DX推進組織などが運営主体となり、複数自治体にAI基盤を提供するモデルです。民間企業、大学、専門家が参画しやすく、継続的な改善体制を作りやすい利点があります。
一方で、行政の責任を外部に丸投げする形になってはいけません。最終的な判断責任、住民説明、個人情報保護、予算執行の透明性は、自治体側に残ることを明確にする必要があります。
AI基盤共同利用で注意すべきリスク
個人情報と機密情報の取り扱い
AI基盤を共同利用する場合、最も注意すべきなのは個人情報と機密情報です。複数自治体が同じ基盤を使うからこそ、データの分離、アクセス権限、ログ管理、誤共有防止が重要になります。
「どの情報を入力してよいか」「どの情報は絶対に入力してはいけないか」を明文化し、職員が迷わない運用ルールを整える必要があります。
ハルシネーションと責任の所在
生成AIは、もっともらしい誤情報を出すことがあります。住民向け回答や行政判断にそのまま使えば、誤案内や不利益につながる可能性があります。
そのため、AIの回答はあくまで支援情報とし、最終確認は人間が行う仕組みが必要です。特に、福祉、税、医療、子育て、許認可、防災など、住民生活への影響が大きい分野では、確認フローを厳格にするべきです。
共同利用の目的が曖昧になること
共同利用は、参加自治体が増えればよいというものではありません。目的が曖昧なまま進めると、「誰のための基盤か」「どの業務を改善するのか」「どの成果を測るのか」がぼやけます。
最初から全業務を対象にするのではなく、議事録作成、庁内FAQ、文書要約、問い合わせ対応など、効果が見えやすい業務から始めるのが現実的です。
JAICが提案できる支援領域
複数自治体によるAI基盤共同利用を進めるには、技術導入だけでなく、運用設計、研修、ガバナンス、効果測定までを一体で考える必要があります。
JAICでは、自治体や地域団体に向けて、次のような支援が考えられます。
- 自治体AI活用の現状整理と課題抽出
- 庁内FAQ・RAG導入に向けた情報整理
- 生成AI利用ガイドラインの作成支援
- 職員向けAIリテラシー研修
- プロンプト設計・業務フロー改善支援
- 共同利用に向けた運用ルール整理
- 効果測定指標の設計
AI基盤共同利用は、システム導入だけでは成功しません。自治体職員が安心して使い、住民サービスの質を高め、継続的に改善できる仕組みにすることが重要です。

まとめ
複数自治体によるAI基盤共同利用は、人口減少時代の行政サービスを維持するための重要な選択肢です。
コスト削減だけでなく、セキュリティ水準の向上、人材不足の補完、業務ノウハウの共有、住民サービスの高度化という面でも大きな可能性があります。
一方で、個人情報保護、ハルシネーション対策、責任分界点、費用負担、運用体制を曖昧にしたまま進めると、かえって現場の混乱を招きます。
これからの自治体AI活用では、「単独で頑張るDX」から「地域で支え合うAI基盤」へ発想を変えることが求められます。共同利用は、単なる効率化策ではなく、持続可能な地域社会を支える新しい行政インフラとして捉えるべき段階に入っています。
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