人口減少や人手不足が進む中で、自治体には、限られた人員で住民サービスを維持しながら、より迅速でわかりやすい行政運営を行うことが求められています。こうした課題に対して、近年注目が高まっているのがAI活用です。デジタル庁も、地方公共団体向けの勉強会や共創の場を通じて、自治体業務へのAI実装を後押ししており、2025年から2026年にかけて先行事例の横展開を重視する発信を続けています。
ただし、自治体のAI活用は、民間企業の導入とは少し性質が異なります。単なる効率化だけではなく、住民への説明責任、公平性、情報の正確性、個人情報への配慮など、多くの条件を満たす必要があるからです。そのため、成功している自治体は「最新のAIを使うこと」よりも、「どの業務に、どの範囲で、どう安全に使うか」を明確にしています。
この記事では、近年の自治体AI活用の動きを踏まえながら、行政DXを加速させた代表的な取り組みの考え方と実例を整理し、他の自治体でも応用しやすいポイントを解説します。
なぜ今、自治体でAI活用が進んでいるのか
自治体でAI活用が進んでいる背景には、業務量の増加と担い手不足があります。住民サービスの維持、制度の複雑化、相談対応の増加などにより、行政現場では日々の負担が高まっています。デジタル庁は、政府・地方公共団体における生成AI活用について、人口減少と少子高齢化の中で公共サービスを維持・強化するために不可避だと位置づけています。デジタル庁は2025年に職員向け生成AI利用環境「源内」を整備し、2026年度には全府省庁約18万人を対象とする大規模実証を実施する方針も示しています。
また、AI活用の焦点も変わってきています。以前は実験的な実証や一部の先進自治体の試みに限られていましたが、現在は「庁内でどう広げるか」「他自治体にどう横展開するか」がテーマになっています。デジタル庁の共創PFキャンプでは、自治体事例の横展開そのものが主要テーマとして扱われています。
つまり今の自治体AI活用は、「できるかどうか」を試す段階から、「どこで成果が出るか」「どう広げるか」を考える段階に移っていると言えます。
事例1:下呂市の生成AI活用による行政情報の音声・動画提供
自治体AI活用の中でもわかりやすい事例のひとつが、岐阜県下呂市の取り組みです。下呂市は、生成AIを活用した行政情報の音声・動画提供を2025年12月1日から本格運用しています。市の発表によると、GoogleのNotebookLMを活用し、スマートフォンやパソコンから「ラジオ風の音声」や解説動画で行政情報を提供できる仕組みを整えました。試験導入は2025年5月から11月まで行われ、その後本格運用に移行しています。
この取り組みのポイントは、AIを「職員の内部効率化」だけでなく、「住民への情報提供のわかりやすさ向上」に使っていることです。行政情報は制度や手続きが複雑で、文章だけでは理解しづらいことが少なくありません。下呂市は、音声や動画という形式を使うことで、移動中や家事の合間でも情報を取得しやすくし、住民の利便性向上を狙っています。市は、24時間365日利用可能である点も特徴として挙げています。
さらに、下呂市は利用者アンケート結果も公表しています。市の公表では、回答者全員がAIの回答を「役立った」以上と評価し、再利用意向も100%、操作性についても95.5%が「簡単」または「やや簡単」と回答しました。また、利用者の72.7%が閉庁後や休日に利用していたとされており、時間外の行政情報提供手段として価値があったことが示されています。
この事例から学べるのは、AIを導入する目的を「住民接点の改善」に明確に置いたことです。単に話題の技術を使うのではなく、住民が情報を受け取りやすくなるという具体的な課題に結びつけたことで、導入意義がわかりやすくなっています。
事例2:善通寺市の土地用途確認業務へのAI活用
もうひとつ注目されているのが、香川県善通寺市の事例です。デジタル庁の紹介によると、善通寺市は固定資産税の課税基準となる土地の用途確認業務に関して、AIと衛星写真を活用したツールを内製開発しました。これは、自治体の現場業務そのものにAIを組み込んだ事例として紹介されています。
この取り組みが重要なのは、AIを「汎用的な便利ツール」としてではなく、「特定業務の精度と効率を高める業務アプリ」として使っている点です。行政には、税務、福祉、建築、防災、住民対応など、多くの専門業務があります。こうした領域では、一般的なチャット活用だけではなく、業務に合わせてAIを組み込むことが行政DXの本質になります。善通寺市の事例は、まさにその方向性を示しています。
自治体にとって、こうした業務特化型のAI活用は再現性が高い可能性があります。なぜなら、多くの自治体には共通業務があるからです。土地確認、申請書確認、問合せ分類、条例や規則の確認など、共通性の高い業務は横展開しやすい領域です。デジタル庁も、こうした自治体事例をどう他自治体で使える形にするかを重視しています。
事例3:庁内活用を支えるガバメントAIの取り組み
自治体そのものの事例ではありませんが、自治体のAI活用を考えるうえで参考になるのが、デジタル庁の「ガバメントAI」および生成AI利用環境「源内」です。デジタル庁は、政府統一基準に基づくセキュリティ要件を満たしながら、行政実務に合わせたAI活用環境を段階的に整備してきたと説明しています。
2025年5月から7月の3か月間で、デジタル庁職員約1,200人のうち約950人、つまり約8割が利用し、利用回数は延べ6万5,000回以上に達したと公表されています。利用用途としては、対話型AIのほか、文章生成、要約、校正、翻訳などが多く、行政実務用AIアプリも使われていました。さらに、業務マニュアル検索や国会答弁検索など、行政特化のAIアプリも20種類以上提供されていると紹介されています。
この事例からわかるのは、行政AI活用においては「安全に使える共通基盤」と「現場で役立つ業務特化アプリ」の両方が重要だということです。自治体がAIを導入するときも、単に外部サービスを契約するだけではなく、情報管理、利用ルール、庁内サポート体制まで含めて考える必要があります。
行政DXを加速させた共通ポイント
ここまでの事例を見ると、成功している取り組みにはいくつかの共通点があります。
まず第一に、課題起点であることです。下呂市は住民への情報提供のわかりにくさ、善通寺市は現況確認業務の負担という、具体的な課題からAI活用を設計しています。AIありきではなく、困りごとから出発していることが重要です。
第二に、小さく試してから広げていることです。下呂市は試験導入期間を経て本格運用に移行しました。デジタル庁もワークショップや実証を通じて効果と課題を見極めています。自治体業務では、最初から大規模導入するより、限定範囲で試すほうが現実的です。
第三に、横展開を見据えていることです。デジタル庁は先行事例を他自治体でも利用できるかを主題に据えています。行政DXでは、一つの成功事例を庁内で横展開できるか、さらに他自治体へ広げられるかが重要です。
第四に、住民価値と職員価値の両方を見ていることです。行政DXは内部効率化だけでは不十分です。住民にとってわかりやすい、使いやすい、速いといった価値につながってこそ、意味のあるDXになります。下呂市の事例は、この点が非常にわかりやすい取り組みです。
他自治体が取り入れるなら、どこから始めるべきか
これからAI活用を検討する自治体は、まず「生成AIを入れる」ことを目的にしないほうがうまくいきます。最初にやるべきなのは、住民対応や内部業務の中で、時間がかかっている業務、わかりにくさがある業務、属人化している業務を洗い出すことです。
たとえば、住民向けFAQの整理、申請手続きの説明支援、議事録要約、庁内マニュアル検索、文書作成支援、条例や規則の確認補助などは、比較的始めやすい領域です。デジタル庁が紹介している実践例でも、まずは困りごとをつかむところから始める重要性が繰り返し示されています。
そのうえで、以下の順で進めると現実的です。
- 現場ヒアリングで対象業務を決める
- 小規模に試験導入する
- 効果と課題を評価する
- 利用ルールと確認フローを整える
- 庁内共有し、横展開を検討する
この流れなら、技術の導入そのものではなく、行政DXとしての実効性を高めやすくなります。
まとめ
自治体のAI活用は、もはや一部の先進事例だけの話ではありません。デジタル庁が共創の場づくりやガバメントAIを進め、下呂市が住民向け情報提供を改善し、善通寺市が専門業務にAIを組み込むなど、行政DXを前に進める具体例が増えています。
重要なのは、AIを目的化しないことです。住民サービスの向上、職員負担の軽減、業務の標準化、時間外の情報提供など、行政が抱える具体的な課題に対してAIをどう使うかが本質です。成功している自治体は、派手な実証よりも、課題に即した使い方、小さな実証、運用ルール、横展開を重視しています。
これから自治体でAI活用を進めるなら、まずは「どの業務で、誰の負担を、どう減らすか」を明確にすることから始めるべきです。その積み重ねが、行政DXを無理なく、しかし着実に加速させていくはずです。
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