はじめに|庁内FAQは自治体AI活用の現実的な第一歩
自治体業務では、制度、手続き、庁内ルール、システム操作、過去事例など、日々多くの情報確認が発生します。人事、税務、福祉、住民窓口、契約、会計、庶務など、部署ごとに専門性が高く、職員が必要な情報をすぐに探せないことも少なくありません。
そこで注目されるのが、自治体AI zevoのような生成AIサービスと、庁内文書を活用するRAGの組み合わせです。RAGは、生成AIが外部の知識ベースを参照して回答を生成する仕組みであり、社内文書や行政文書のような独自情報を扱う用途と相性があります。
ただし、庁内FAQをAI化する目的は、単に「AIに答えさせること」ではありません。重要なのは、庁内に散在する知識を整理し、職員が根拠を確認しながら、より早く正確に判断できる環境をつくることです。アップロードされた研究報告でも、自治体AI zevoを基盤とした庁内FAQ用RAGでは、文書構造、検索設計、データクレンジング、評価、セキュリティ、運用体制を一体で考える必要があると整理されています。
自治体AI zevoとは?LGWAN環境で使える生成AIサービス
自治体AI zevoは、自治体向けに提供されている生成AIチャットツールで、公式サイトではChatGPT、Claude、Geminiが利用可能であり、テキストだけでなく画像、ファイル、音声を添付したプロンプト送信にも対応すると説明されています。
特徴の一つは、LGWAN上で動作する点です。公式サイトでは、LGWAN上で動くこと、β・β’モデルやインターネット対応に触れられており、自治体のネットワーク環境を前提にした設計であることが示されています。
また、RAG機能については、職員専用ナレッジAIや過去事業集約AIなど、独自情報に基づいた回答を可能にする機能として紹介されています。さらに、2025年度からはRAG機能である「独自AI」が基本プランに内包され、自治体が保有する資料やドキュメントをアップロードして、それらに基づく回答を生成できると発表されています。
庁内FAQにRAGが向いている理由
一般的な生成AIだけでは庁内ルールに答えにくい
生成AIは文章作成や要約に強みがありますが、庁内の独自ルール、過去の判断、自治体ごとの運用、内部マニュアルの内容までは、標準状態では把握していません。そのため、一般的な知識としては自然に答えられても、「この自治体ではどう扱うのか」「この申請はどの手順に従うのか」といった問いには、根拠のある回答が難しくなります。
RAGは、この弱点を補う考え方です。AIに庁内文書、FAQ、手順書、例規、マニュアルなどを参照させることで、回答を内部資料に近づけることができます。Google Cloudも、RAGは外部ナレッジベースとLLMを組み合わせて出力を改善する仕組みであると説明しています。
根拠文書を確認できることが行政実務では重要
庁内FAQで大切なのは、答えの自然さだけではありません。むしろ、「その回答はどの文書に基づいているのか」を確認できることが重要です。
自治体AI zevoの独自AI機能については、アップロードされた情報をもとに回答を生成し、回答時にソースとなる元文書が表示されるため、ファクトチェックを行いやすいと説明されています。
行政実務では、最終判断をAIに丸投げするのではなく、職員が根拠を確認したうえで判断する体制が必要です。RAGは、AIの回答を「最終結論」ではなく「確認作業を助ける入口」として使うことで、現場に馴染みやすくなります。
庁内FAQ用RAGを作る前に整理すべき文書
まずは対象業務を絞る
庁内FAQを作る際、最初から全庁横断の巨大なFAQを目指すと失敗しやすくなります。文書の種類が多すぎると、検索対象が広がり、回答の焦点がぼやけるためです。
最初は、問い合わせが多い領域から始めるのが現実的です。たとえば、職員向け庶務、服務、休暇、会計処理、契約事務、システム操作、窓口対応マニュアルなどは、庁内FAQ化しやすい領域です。
自治体AI zevoの独自AIでは、職員向けルールや手順書を学習させた「職員専用ナレッジAI」、例規集を学習させた「例規集検索AI」、過去の事業データを学習させた「過去事業集約AI」、庁内FAQを学習させた「問い合わせ対応AI」などの活用シーンが示されています。
PDFやWordをそのまま入れればよいわけではない
庁内資料の多くは、PDF、Word、Excel、紙資料のスキャンデータなど、形式がばらばらです。しかし、RAGにとって重要なのは「AIが読み取りやすい形になっているか」です。
見出しが曖昧な文書、表の構造が崩れている資料、年度違いの情報が混在したファイル、古いマニュアルと新しいマニュアルが同時に存在する状態では、AIが適切な根拠を探しにくくなります。
そのため、庁内FAQ用RAGでは、文書をアップロードする前に次のような整備が必要です。
- 文書名をわかりやすくする
- 改定日、所管課、対象業務を明記する
- 古い文書と最新文書を分ける
- 見出し構造を整える
- 表や箇条書きを読み取りやすい形にする
- 個人情報や不要な内部情報を除外する
RAGの精度は、AIモデルだけで決まるものではありません。むしろ、投入する文書の整理状態が回答品質を大きく左右します。
RAG設計で重要な3つのポイント
1. チャンク設計|文書をどう分けるか
RAGでは、文書を細かな単位に分割し、その中から質問に関連する部分を検索して回答を作ります。この分割単位をチャンクと呼びます。
チャンクが細かすぎると、検索には引っかかりやすくなりますが、前後の文脈が失われます。逆にチャンクが大きすぎると、文脈は残りますが、質問に対して必要な情報を正確に拾いにくくなります。
自治体文書は、条文、手続き、例外条件、対象者、必要書類、期限などが前後関係でつながっていることが多いため、単純に文字数だけで分割するのは危険です。見出し単位、手続き単位、FAQ単位、条例の条項単位など、業務の意味が崩れない単位で分ける必要があります。
2. ハイブリッド検索|意味検索とキーワード検索を組み合わせる
庁内FAQでは、職員が必ずしも正式名称で質問するとは限りません。「休みがほしい」「忌引きは何日か」「住基カード」「国保」「扶養の手続き」など、口語、略語、旧名称、制度名が混在します。
意味の近さで探すベクトル検索は便利ですが、条例番号、様式番号、システム名、固有名詞のような情報では、キーワード検索のほうが有効な場合があります。そのため、庁内FAQでは、ベクトル検索とキーワード検索を組み合わせるハイブリッド検索の考え方が重要になります。
特に行政文書では、「似た意味」だけでなく「正確な語句」も大切です。RAG設計では、曖昧な表現を拾う力と、固有名詞を正確に特定する力の両方が必要です。
3. 回答に根拠を出す
庁内FAQでは、回答文だけでなく、根拠文書、該当箇所、更新日、所管課が確認できる状態にすることが重要です。
AIが「それらしい回答」を出しても、根拠が確認できなければ、職員は安心して使えません。逆に、根拠文書への導線があれば、職員は回答を起点に一次情報を確認できます。
自治体AI zevoの独自AI機能では、生成された回答のソースとなる元文書が表示され、ファクトチェックを行いやすいとされています。 この機能を活かすには、アップロードする文書側にも、文書名、版数、改定日、所管部署などの情報を持たせておくことが望ましいでしょう。
セキュリティとガバナンスで確認すべきこと
個人情報を入れない運用を徹底する
自治体業務では、住民情報、税情報、福祉情報、相談記録など、慎重に扱うべき情報が多く存在します。庁内FAQ用RAGでは、そもそも個人情報を含む文書をFAQ化しない、または匿名化・マスキングしてから扱うという設計が必要です。
自治体AI zevoの公式サイトでは、個人情報マスキング機能、ログ確認機能、多要素認証、生成AIの学習に利用されないことなどが機能として示されています。 ただし、機能があることと、安全に運用できることは同じではありません。入力ルール、承認フロー、管理者権限、ログ確認の頻度まで決めておく必要があります。
「誰が何を登録するか」を明確にする
RAGは、文書を登録すれば終わりではありません。古い文書が残れば、古い情報に基づいた回答が出る可能性があります。誤った文書が入れば、誤った回答につながります。
そのため、庁内FAQでは次の役割分担が必要です。
- 文書を登録する担当者
- 内容を確認する所管課
- 更新日を管理する担当者
- 回答ログを確認する管理者
- 誤回答や改善要望を受け付ける窓口
AIの導入というより、庁内ナレッジ管理の仕組みを再設計する意識が必要です。
効果測定は「削減時間」と「回答品質」の両方で見る
庁内FAQ用RAGの効果は、単に利用回数だけでは測れません。重要なのは、職員の問い合わせ時間が減ったか、回答の確認作業が早くなったか、同じ質問が繰り返されにくくなったかです。
自治体AI zevoでは、業務時間の削減を計測可能であると公式サイトに記載されています。 こうした機能を活用すれば、庁内FAQが実際に業務改善につながっているかを検証しやすくなります。
また、RAGの評価では、回答が根拠に忠実か、質問に適切に答えているか、検索された文書が回答に役立っているかを確認する視点も必要です。RAGASでは、Faithfulness、Answer Relevance、Context Precisionなどの評価指標が整理されています。
自治体で実施する場合は、難しい数値評価から始める必要はありません。まずは、よくある質問を20〜50問程度用意し、回答内容、根拠表示、所管課確認、改善点を記録するだけでも、実務的な評価サイクルを作ることができます。
導入ステップ|小さく始めて改善する
庁内FAQ用RAGは、いきなり全庁導入するよりも、対象業務を絞って試すほうが現実的です。
最初のステップは、問い合わせが多く、文書が比較的整っている業務を選ぶことです。たとえば、庶務、服務、会計、システム操作、窓口対応などは、職員からの質問が多く、効果を確認しやすい領域です。
次に、対象文書を整理します。最新のマニュアル、FAQ、例規、通知、様式、過去の問い合わせを確認し、古い情報や重複情報を除きます。そのうえで、AIに読み取らせる文書を登録し、想定質問でテストします。
その後、実際の職員利用を通じて、回答ログや誤回答を確認し、文書を修正します。この改善を繰り返すことで、庁内FAQは少しずつ使える仕組みに育っていきます。

まとめ|庁内FAQのAI化は、文書整理と運用設計が成否を分ける
自治体AI zevoとRAGを組み合わせれば、庁内文書やFAQをもとに、職員が必要な情報へ早くたどり着ける環境を作れる可能性があります。特に、LGWAN環境を前提にした生成AI活用、独自AIによるRAG機能、根拠文書の表示、ログ確認、個人情報対策などは、自治体業務との相性を考えるうえで重要な要素です。
ただし、庁内FAQのAI化は、ツールを導入すれば自動的に完成するものではありません。必要なのは、文書を整えること、対象業務を絞ること、根拠を確認できること、個人情報を扱わないルールを徹底すること、そして回答品質を継続的に改善することです。
AIは、職員の判断を置き換えるものではありません。むしろ、情報検索や確認作業の負担を軽くし、職員が本来取り組むべき判断、相談対応、政策立案、住民サービスに時間を使えるようにするための支援ツールです。
庁内FAQ用RAGは、自治体AI活用の中でも、比較的実務に結びつきやすいテーマです。まずは小さな業務領域から始め、運用しながら改善していくことが、自治体DXを着実に進める近道になるでしょう
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